「お母さん、最近どう?」
週末に実家へ向かう車の中で、いつもこの言葉を頭の中で繰り返す。でも実際に顔を見ると、なんとなく明るい話題ばかり選んでしまって。「介護」という言葉は、二人の間でまだ一度も出たことがない。
両親が大病をした日から、何かが変わった
両親はふたりとも70代のうちに大きな病気を経験した。幸い今は回復して、80代のふたりで支え合いながら暮らしている。
元気そうに見える。でも以前とは違う。
歩く速度が少しゆっくりになった。電話口の声が、なんとなく小さくなった気がする。そういう小さな変化に気づくたびに、胸の奥がざわっとする。
週末の1日だけ——それで足りているのだろうか
今やっていることといえば、週末の1日に会いに行くこと。病院への付き添いと送迎、たまには近場に気分転換の小旅行。それが今の私にできる精一杯だ。
でも頭のどこかでいつも考えている。
「これで足りているのかな」
仕事がある。自分の生活がある。毎日駆けつけることはできない。でも何かあったとき、「あのときもっとそばにいればよかった」と後悔したくない。その思いだけがずっと心の中にある。
親は「迷惑をかけたくない」と思っている
厄介なのは、両親がとても気を遣う人たちだということだ。
「大丈夫よ、心配しないで」が口癖。弱っているところを見せたくないのか、困っていても自分からはなかなか言い出さない。だから私も「介護のこと、考えてる?」とは切り出せないでいる。
親が元気なうちに話し合っておいた方がいいとは頭でわかっている。でも「その話をすること」が、まるで親の老いを認めてしまうようで、なんとなく躊躇してしまう。
頭の中をぐるぐるする問いたち
答えの出ないまま、こんなことをいつも考えている。
歩行が困難になったとき、はじめて同居を考えるべきなのか。それとも元気なうちから一緒に暮らした方がいいのか。
今の「週末だけ」という見守り頻度は、どこかで足りなくなるのだろうか。そのタイミングを、どうやって見極めればいいのだろう。
仕事を続けながら介護をしている人は世の中にたくさんいる。みんなどうやって、折り合いをつけているのだろう。
「後悔しない介護」なんて、あるのだろうか
ネットで「後悔しない介護」と検索したことがある。たくさんの記事が出てきた。でも読めば読むほど、正解がないことだけがわかってくる。
きっと答えは一つじゃない。家族の数だけ、それぞれの形がある。
ただ今の私にできることは、週末の1日を大切にすること。病院の付き添いで交わす他愛ない会話も、近場の旅行で見る両親の笑顔も、全部ちゃんと覚えておこうと思っている。
いつかこの時間を、「あのころ一緒にいられてよかった」と思える日が来るように。


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